【洋書紹介】How The World Really Works:第2のファクトフルネス(そして第3の出現も確約される悲哀)

How The World Really Works
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『FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』は客観的なデータを次から次へと提示し、世界に対する思い込みを解いてくれる本でした。

今回ご紹介する『How The World Really Works』も同様です。
大量のデータをもとに、世界の実態を浮き彫りにし、思い込みの跋扈する社会に警鐘を鳴らしてくれます。


  • エネルギーはどのように生産され、どのように使われているの?
  • 食料はどのように生産されてるの? 人口が増え続けても足りるの?
  • 現代社会に本当に欠かせないものって何?

本書が科学の側面から説き明かすのは、現代社会の極めて根本です。
ただ、根本を意識していないと、未来に関する幻想・言説に惑わされてしまいます。

また情報を提供するだけの本でもありません。
玉石混淆かつ虚実入り混じる情報が氾濫する世の中で、フラットな視点を持ち続けるための姿勢が学べる1冊でもあります。

2022年に出版されたばかりということもあり、邦訳はまだされていません(2023年1月現在)。
とはいえ良質なポピュラーサイエンス本であることには間違いありません。

この紹介記事が原書を、あるいは翻訳後に翻訳版を手に取る一押しとなれば幸いです。

目次

著者紹介

著者のバーツラフ・シュミルは、50年以上の歴史のある雑誌『Foreign Policy』にて“世界の頭脳100”に選ばれたこともある科学者です。

ネイチャー誌で取り上げられた著作の冊数は随一とのこと。

ビル・ゲイツが最も好む作家のひとりでもあり、恒例の「この夏おすすめの5冊」2022年版に本書も取り上げられています。

前著『Numbers Don’t Lie 世界のリアルは「数字」でつかめ!』は日本語を含む20以上の言語に翻訳済。他に邦訳済の書籍は『エネルギーの人類史 上』『エネルギーの人類史 下』のみの様子。

世界に比べ日本ではまだ認知度の低い作家かもしれませんが、その腕は確かです。

目次から見える特徴

目次

『How The World Really Works』の目次は以下の通りです。

導入:この本がなぜ必要か

1. エネルギーを理解する:燃料と電気

2. 食料生産を理解する:化石燃料を食す

3. 物質世界を理解する:現代文明の4本柱

4. グローバリゼーションを理解する:エンジン、マイクロチップ、そしてその先

5. リスクを理解する:ウィルス、食生活から太陽フレアまで

6. 環境を理解する:我々にとって唯一の生物圏

7. 未来を理解する:世の終わりとシンギュラリティの狭間に

補章. 数字を理解する:桁の違い

出典:Smil, V. (2022). How the World Really Works: A Scientist’s Guide to Our Past, Present and Future. Viking. Contentsより筆者訳.
mano

個人的には第3章「物質世界を理解する」が目から鱗でした!

壮大なテーマのオンパレード

「世界が本当はどう回っているか」という大風呂敷なタイトル通り、目次には胃もたれしそうな程、壮大なテーマが並んでいます。

テーマがこれだけ大きくて幅広いと、ひとつひとつが薄味で物足りない仕上がりになってしまいがちです。

しかし本書は違います。本質の凝縮本と言えるでしょう。

  • 説明したい本質が各章で明確なため、通り一遍の解説がだらだら続く書籍とは一線を画す
  • 論拠も膨大なデータ(全300ページ程の本なのに、出典・脚注リストだけで70ページ以上!)に拠っているので、結論がシンプルでも強度が高い
  • 世界の現状だけでなく、現代文明が形作られたプロセスも描かれており、ストーリーとしても面白い

もちろん、それぞれの章は、それだけで本が何冊も書けるようなテーマですので、『How The World Really Works』を読めば1から100まで各テーマについて論じられるようになるわけではありません。

むしろ何でもかんでも理解するのは不可能な世の中だというのが著者の立場です。

著者の力点:ITを減らし、桁を加える

章立てを見ると、著者がどこに着目しているかも見えてきます。

広範ではあるものの、何でもかんでも取り上げているわけではないのです。

  • ITへの言及が少ない
  • 敢えて桁(Order of Magnitude)に関する章を設けている

ITへの言及が少ない

1990年代以降、おそらく他のどんな要因にも増してインターネットは世界を変えてきた …

出典:ハラリ, Y.V. 柴田裕之訳(2019)「1 幻滅ーー先送りにされた「歴史の終わり」」『21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考』河出書房新社

インターネットでどれだけ生活が変わった事例には枚挙にいとまがありません。その重要性は歴史学者(ユヴァル・ノア・ハラリ)の視点からも傑出しています。

ところが、本書ではインターネットへの言及が少ないです。

言及する際も、インターネットはやや持ち上げられすぎだ、といったトーンです。

なんで? インターネットなしじゃ生活できないのに

mano

著者曰く、現代社会の基盤とは、レイヤーが異なるのです

ITは本書で説明される世界の基盤の上で栄えているものであるとの位置づけです。

  • 現代社会の基盤とは何か?
  • なぜインターネットは現代社会の基盤ではないのか?

本書を読んで納得させられました。

キーワードはOrders of Magnitude(桁)

この本は数字であふれている … 。定性的な記述だけでは、現代社会の実態を理解できないからだ。

出典:Smil, V. (2022). How the World Really Works: A Scientist’s Guide to Our Past, Present and Future. Viking. p.10より筆者訳.

Orders of Magnitude(桁)という言葉が『How The World Really Works』では繰り返し登場します。

本書のキーワードと言ってもいいのではないでしょうか。

桁の説明のためにわざわざ補章を設けるなんて余程です。しかも序章では、第1章に入る前に補章を読むよう勧めてます!

mano

地球温暖化しかり、食料危機しかり、桁を間違えたままで議論が行われているとの問題意識でしょう。

定性的な議論では、事の大小をつかみ損ねてしまいます。些末な問題や解決策に時間と労力を浪費したり、逆に本当に取り組まなければいけない問題を過小評価してしまいかねません。

思い込みと実際の違い

『How The World Really Works』は、徹底的に定量化を行う本です。

数字を通して、世界に対する歪んだ見方を整えてくれます。いかに桁を勘違いしていたのか、と。

「せめて桁は合わせて議論しよう」と意識を向けてくれます。

『ファクトフルネス』との共通点・相違点

共通点:事実に基づいた世界観の構築

この本では、ドラマチックすぎる話を認識する術と、あなたのドラマチックな本能を抑える術を学べる。間違った思い込みをやめ、事実に基づく世界の見方ができれば、チンパンジーに勝てるようになるだろう。

出典:ロスリング, H.・ロスリング, O.・ロンランド, A.R. 上杉周作・関美和訳(2019)『FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』日経BP社 p.24

本書は、私たちの理解不足を改善し、人類の生存と繁栄を司る、最も根本的で支配的な現実をいくつか説明する試みだ。

出典:Smil, V. (2022). How the World Really Works: A Scientist’s Guide to Our Past, Present and Future. Viking. p.6より筆者訳.

事実に基づく世界の見方の提供。

『ファクトフルネス』も『How The World Really Works』も、この目的のために書かれています。

事実に基づいて世界を見てもらうために、大量のデータを用いて誤解を解いていくスタイルも、取り上げる分野が非常に広範囲にわたるアプローチも共通しています。

『ファクトフルネス』では、貧困、医療、地球温暖化、教育、戦争など壮大なテーマばかりが世界大のスケールで語られ続けます。

『How The World Really Works』も、エネルギー、食料、グローバリゼーション、環境、未来、とあらゆるレイヤーの大テーマが集っている感満載です。

『ファクトフルネス』と『How The World Really Works』のテーマ比較

そして両書とも、これ以上ないくらい大きく広げたテーマのひとつひとつに対し、「世界はこうなっている。なぜならこういうデータがある」と示してくれます。

並大抵の著作家には到底不可能な偉業です。

相違点:明らかにする世界の側面

『How The World Really Works』には『ファクトフルネス』との共通点もありますが、二番煎じでは断じてありません。

明確な違いもあります。

特筆すべきは、明らかにする世界の側面が異なることでしょう。

『ファクトフルネス』は世界の今とトレンドを明らかにすることがメインなのに対し、『How The World Really Works』がデータで提示するのは主に世界の基盤や仕組みです。

『ファクトフルネス』と『How The World Really Works』の明らかにする世界の違い

『ファクトフルネス』では所得と平均寿命の関係を国別に示したり、安全な飲料水を飲める人の割合の推移を1世紀以上に渡って示たりし、読者の世界の見方がいかにアップデートされていないかを突きつけます。

一方、『How The World Really Works』が示すものの多くは、世界の基盤や仕組みです。現代文明の前提と言ってもいいでしょう。例えば食料生産に関しては次のようなことが学べます。

  • 全人口を養うにはどのくらいの食料が必要?
  • その食料を生産するには何が不可欠?
  • その不可欠な要素を生み出すには何が必要?
  • その不可欠要素が無くなったらどうなる? 代替策は?

何が今の社会を生きる上での大前提となっているかを理解することで、何が現実的な未来で何が非現実的なのかを見分けやすくなります。

人類が100メートルを3秒で走れると考える人はいないでしょう。人間の体という前提をイメージできているから、自ずと限界も理解できるわけです。

しかし馴染みの薄い分野だと、前提・仕組みで大きな思い違いをしていて、全く科学的でない将来像を信じてしまっているかもしれません。

基盤・仕組みがわかれば、非現実的な未来像に振り回されることも少なくなります。

世界の実像を描く上で、そんな大前提に注力したのが『How The World Really Works』です。

学び:世界を捉えるフレームワーク

『How The World Really Works』では、現代社会がどのような基盤の上・仕組みで動いているかだけでなく、世の様々な言説を見定める術も学べます。

世界の動き方が実際どうなのかは、是非書籍を手に取ってご覧ください。

ここでは、世界を見定める術に関する個人的な学び・感想を記述します。

直接的にハウツーが記載されているわけではないので、あくまで個人の解釈です。

未来はマジでわからない

人は未来を見ることができない。人は過去を変えられない。生きるとはすなわち、闇の中へ走っていくことである。

出典:イーガン, G. 山岸真訳(2014)「闇の中へ」『しあわせの理由』早川書房

SF短編『闇の中へ』を読んだ際、この記述は個々人の人生についてのものと理解しました。腑に落ちる表現でした。

『How The World Really Works』読了後の今、これは現代社会にも大概当てはまるな、と思います。

闇というとネガティブなイメージが付随しますが、単に未来の不透明さです。

『How The World Really Works』第7章「未来を理解する」では、人類がこれまでどれだけ未来予測を外してきたか列挙されます。

  • 人口過剰
  • 天然資源不足
  • 食料不足
  • 電気自動車の普及スピード
  • 原子力発電の一大普及 等

予測の困難性を指摘するのは、著者だけではありません。行動経済学や意思決定の専門家も、次のように述べています。

複数の専門家の見方が一致しないだけでなく、同じ専門家がその時々でちがう予測をすることもある。

出典:カーネマン, D.・シボニー, O.・サンスティーン, C.R. 村井章子訳(2021)「序章 二種類のエラー」『NOISE[上]組織はなぜ判断を誤るのか?』早川書房

個人的には、予測精度が高いと言われる人口予測でさえ、2100年ともなると予測者間で21億人の開きがあると知り、衝撃でした。

21億人の人口差は中国・アメリカ・ブラジル・日本の総人口に近似。

なぜ予測が外れるのか。『How The World Really Works』で理由はもちろん挙げられています。しかしそれを読む限り、テクノロジーによる予測精度の改善は限定的に思えました。

色んな未来予測はあれど、期間がのびればのびる程、変数が増えれば増える程、「そういう考え方もある」程度の捉え方にするのが得策なのでしょう。

わかる未来は無視しない

確かに未来はわかりません。しかし我々は完全な真っ暗闇に向かって走っているわけではありません。

確実な未来もあります。

『How The World Really Works』で挙げられている確実な未来のひとつは、アジア・アフリカの新興国の成長です。

人口増著しい新興国各国で経済成長が続くと、そこでの消費が爆増することは間違いありません。

爆増ってどのくらい?

mano

どのくらいか確たることはわかりません。でも中国などの過去事例は参考になりますね。

本書によると、中国都市部は1999~2019年で車保有率100倍以上、1990~2018年でエアコン保有率400倍以上もの需要増を記録。

『How The World Really Works』では、新興国の成長が過小評価されてしまっている未来予測の事例が紹介されています(もしかしたら、ありうる成長の0.75%しか加味されていないかもしれない程!)。

確実な未来を無視した未来予測にどれだけの価値があるでしょうか?

そんな未来予測をもとに起こした行動・施策にどれだけの意味があるでしょうか?

確実な未来は影響度も大きいのが大概です。

日本で言えば、少子高齢化のさらなる進行は、間違いなく確実な未来のひとつでしょう。

決して無視してはなりません。

現状維持の引力を甘く見ない

人生というものは慣性だけで進むにはあまりに摩擦が多すぎる。

出典:柞刈湯葉(2020)「記念日」『人間たちの話』早川書房

この一文は、SF短編『記念日』を読んだとき、極めてすっと入ってきた一文でした。

しかし『How The World Really Works』読了後の今では、感じ方が少し違います。「慣性“だけ”ではダメだが、大概が慣性だ」と思うようになりました。

世界はそうそう変わりません

いまは変化の激しい時代、と言われます。確かにITが世界を変えたようにも見えるでしょう。

でも、現代文明を支える四本柱をはじめとする、いまの世界を現代文明たらしめている基盤・前提・仕組みは、本書を読む限り今後5年10年で変わりそうにありません。

デジタルであれば変わるスピードは早いでしょう。しかし現代文明の根幹は物理的な世界です。現代文明を支える四本柱のサプライチェーンだけでも、組み換え・刷新にかかるコスト・時間は膨大です。関係者もあまりに多い。

本書で語られる四本柱などの基盤が、いかに私たちの生活に不可欠で代替不可能かは本書の核心です。読んでみると納得しかありません。

現代文明の基盤とそれ以外のイメージ図

変わらない世界。確かに個人的にも、例えばAmazonで買い物の仕方は一変しましたが、買っているものはそうそう変わりません(なんなら余計な買い物が増えたかも)。

でもだからと言って私は、「変わらないんだから諦めよう」と言いたいわけではありません。

著者も100年後に根本的な変化が起こっていることを否定しているわけではありません。

「人生というものは慣性だけで進むにはあまりに摩擦が多すぎる」。慣性だけで進んでいると、やがて止まってしまう。

変化は起こし続けるべきです。

ただ、現状維持の引力の存在を正しく認識した上で議論したり行動したりすることが肝要かと。

まとめ:二度あるファクトフルネスは三度ある

『How The World Really Works』は現代社会の基盤・前提・仕組みを科学の観点から教えてくれる貴重な一冊です。

エネルギー問題、食料問題、環境問題。複雑に絡み合う現代の問題について、事実に基づいた議論の土台を築いてくれる本でもあります。

この本から学べる世界の見方は、本書で取り扱っていない分野にも転用可能でしょう。

この記事では、『How The World Really Works』が『ファクトフルネス』と同じように、事実に基づいた世界の見方の提供を目的にしていると述べました。

世界的なベストセラーになった『ファクトフルネス』以降も、事実に基づかない世界の見方がそこかしこにある世の中なのも、『How The World Really Works』出版の一因かもしれません。

『How The World Really Works』の後は、事実に基づいた世界の見方を提供する新しい本はもう必要ない?

mano

残念ながらNOでしょう。
いずれ、第3の『ファクトフルネス』が出版されるはずです。

『ファクトフルネス』では、人間が世界を事実に基づいて見ることができない理由として、10のバイアスを挙げました。

バイアスだらけの私たちの性質はそうそう変わりません。

『ファクトフルネス』『How The World Really Works』という素晴らしい2冊を持ってしても、変えることは困難でしょう。

現状維持の引力は、人間の性質においてもまた強いのです。

それでも。事実に基づいて世界を見ることのできる人が少しでも増えれば、本質的な取り組みや議論が増えるはずです。

『How The World Really Works』は、そんな世界づくりに確実に寄与する、オススメの一冊です。


オススメ書籍

FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣(著:ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド)

言わずもがなの世界的ベストセラー。「気の滅入るニュースばっかり」「世界は破滅に向かって進んでいる」と思っている方は必読。明解なデータを通じ、世界がどれだけ良い方向にも向かっているか教えてくれます。歪んだ世界の見方を私たちに強いているバイアス10個をとりあげ、世界に対する色眼鏡に気づかせてくれる本でもあります。


参考文献・サイト

  • イーガン, G. 山岸真訳(2014)「闇の中へ」『しあわせの理由』早川書房
  • 柞刈湯葉(2020)「記念日」『人間たちの話』早川書房
  • Gates, B. (2022). 5 great books for the summer. GatesNotes. (2023年1月取得).
  • カーネマン, D.・シボニー, O.・サンスティーン, C.R. 村井章子訳(2021)『NOISE[上]組織はなぜ判断を誤るのか?』早川書房
  • ハラリ, Y.V. 柴田裕之訳(2019)『21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考』河出書房新社
  • ロスリング, H.・ロスリング, O.・ロンランド, A.R. 上杉周作・関美和訳(2019)『FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』日経BP社
  • Smil, V. (2022). How the World Really Works: A Scientist’s Guide to Our Past, Present and Future. Viking
  • United Nations Population Fund. (2022). State of World Population 2022. United Nations Population Fund.
  • Vaclav Smil. (2010). Vaclav Smil on Foreign Policy’s list of “Top 100 Global Thinkers” for keeping the West honest about its plight. Vaclav Smil. (2023年1月取得).

本記事で参照した『How the World Really Works』は副題がA Scientist’s Guide to Our Past, Present and Futureの版です。リンク先の書籍の副題とは異なるかもしれません。

How The World Really Works

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